【漫画感想】『高度に発達した医学は魔法と区別がつかない』第10巻
『高度に発達した医学は魔法と区別がつかない』第10巻の感想です。
『高度に発達した医学は魔法と区別がつかない』第10巻感想
新たな患者はただの太り過ぎ?
さて、前巻最後に登場した新たな患者。
”ハーピィなのに飛べなくなってしまった”という女性 ルコ。なんとも深刻そうな病状でしたが、どうやら彼女は単純に太りすぎで飛べなくなってしまっただけという、なんともファニーな展開でした。
ということで、描かれるテーマはダイエット。

これは読者視点でも気になるテーマですね。実際、私もダイエットに睡眠が重要だなんて知らなかったもの…。
そのあたりは作中で詳しく書かれているので読んで貰えばいいのですが、とりあえず睡眠不足になると食欲促進と代謝低下の太る2大原因を引き起こすのだそうですよ。
ルコは絵描きなのですが、贔屓にしている文房具屋が休業してしまって、仕事がうまく進まず、睡眠時間が短くなってしまっていたのだそう。この睡眠不足が肥満の一因なのではないか、という話になりましたが、幕間の小話一コマ漫画を読むと、ルコの場合はただ単に食いしん坊なだけな気もします。あの幕間漫画は笑いましたね。
ユイトの公開講義
さて、実はユイトたちがドワーフの国に行っている間に病院の建設が大幅に進展しており、第10巻では早速その講堂を使ってダイエットについての公開講義をすることになります。
すると急遽開催だったにも関わらず、講堂は満員満席の聴講者で埋め尽くされます。ユイトの誠実さやこれまでの実績が、首脳部以外の人々にも受け入れられて、ユイトが信頼を勝ち取ってきている証拠ですね。
ところで、これまであまりエルフの国の一般住民は描かれてこなかったので気づきませんでしたが、獣人もかなりたくさん住んでいるようですね。それもかなり多種多様な種族が。

コロネは祖父からの言いつけを守って人前ではユイトのことをいまだにご主人様と呼び続けていますが、これだけ普通に獣人がいるなら少なくともエルフの国の中ではご主人様呼びをやめても良さそうなもの。むしろ主従関係にあると思われると獣人たちからの反感を買うのではなかろうか…なんて思ってしまいますね。
まあ、それはさておき…。今回のダイエットの件で、ユイトもまた世界樹にいる様々な種族の住人に対して、彼の持つ人間についての知識が必ずしも適用できないかもしれないことに気づきました。問診してそれぞれに合ったものを考えていくと言っていましたが、さてどうするのか。いかにユイトが優れた医師であろうが、一人の人間である以上限界があります。

そもそも病気の治療一つとっても種族によって体構造であったり、抗体機構であったり様々に違うのであれば、それぞれに違う処置が必要にあるでしょうしね。そのためには、それぞれの種族についてその生態についての詳細な特性を知らなければいけない…。
現代医学における人間についての知識だって、一朝一夕に解明されたわけでなく、多くの先人の努力と歴史の積み重ねの上にあるものですから、それを考えるとユイト一人でエルフの国にすむ全種族の特性を明らかにするなんて現実的には相当難しそうですよね。治験とかという話になると、ユイトも聖人然とした印象ばかりをもってもらえるわけではないし…。
それにしてもダイエットの”リバウンド”はこの世界の女性たちにも共通の悩みなんですね(笑)
ルコの夢と絵描きの仕事
さて、ダイエット非常にコミカルな立ち位置にいたルコでしたが、とにかく一生懸命なキャラクターに好感が持てます。ちょっと、食欲に素直すぎるところがありますが、一生懸命必死に我慢しようと努力していますからね。非常に愛すべきキャラクターです。
ルコは絵描きで生計を立てたいものの、現在はそれだけでは食っていけないので、昼は果物やさんで働いています。そんな彼女でしたが、今回ユイトから講義用の絵の制作依頼が入ることになります。まあ、ちょっと都合が良すぎる気もしますけど、一生懸命生きている人が報われるのは良いことです。
ちなみに、彼女が絵を描くのには、絵描きとして生計を立てる以上の理由があります。その理由というのは彼女の父親に関すること。これがなかなかいい話で…

ルコの父親はとても優しく昔は 過酷な配達をいくつもこなしていたすごい人物だったそうです。しかし、まだルコが子供の頃に母親が病気で死んでしまい、以来そのことを「自分が家を離れていたせい」だと自分を責めて塞ぎ込んでいるのだそうです。やはり治療魔法を持たない亜人種達にはこの類の悲劇は尽きないのですね。そして、落ち込んでしまった父親は今やハーピィなのに飛ばなくなり、家にこもりがちだそうです。
ルコはそんな父親に外の世界の絵をたくさん描いて見せてあげたいのだそう。うん、いい話や。
ルコの父親は過酷な配達をこなしていたというくらいですから、世界中を飛び回っていたのでしょう。いつかはルコも自身でいろんなところへ飛んで、それぞれの場所で見た風景を絵にしてあげたりするくらいしないとね。まあ、ダイエットが成功するまでは帰郷すら難しいということですがね(笑)
ちなみに、ルコはクロエの絵の先生にもなるので、今後メインキャラクターの一人として活躍してくれそう。頼むから、魔族とか人間とかの騒動に巻き込まれないでくれ。
それはそうと、この世界ではハーピィは女性だけでなく、男性もいる種族なんですね。
コスタの暗躍と魔族の動向
さて、今回はルコのダイエットという比較的ゆるっとしたほんわかかいかと思いきや、ルコのダイエット事件の裏にはちょっとまずい奴らが見え隠れしていました。というのも、ルコが贔屓にしている文房具屋というのが、魔族と繋がって暗躍しているあの謎の男”コスタ”だったのです。
ルコが一生懸命な子で、かつ感動的なエピソードまで出てきたからこそ、自分の中では勝手にそれらが今後の悪い展開の伏線になっているのではないかという心配が膨らんできているのですが…。今後ルコがコスタや魔族の暗い思惑に巻き込まれないことだけを強く願います。
さらに、コスタの手引きで(?)魔族の姫カナン殿下もユイトを狙ってエルフ国に侵入、実力行使に出ます。今回は夜の国の真祖ラドゥが圧倒的な力で彼女たちを返り討ちにしたので、ユイトは狙われていること自体気づいていないかと思いますが…。

そもそも、”ユイト以外は排除”と言っていることから、カナンたちの目的はユイトの殺害ではなく、魔王のもとに連れて行くことなのでしょう。さらに王族が自らこのような汚れ役を買って出ているということは、相当に緊急の事態なのでしょう。となると、もしかして魔王が何かしら病気になっている、あるいは魔族に深刻な病気が広まっているとか、なのかな。司祭であるクルネルソンも殺されることなく、魔王のもとに連れて行かれていたし…。
それにしても、カナン達とラドゥの戦いを影から見ていたコスタが、舌打ちとともに闇の中に消えて行く場面が描かれましたが、コスタって本当に一体何者なんでしょう。影での振る舞いを見ているとカナンたちすら駒として裏から操っているようにも思える、得体の知れなさがあります。
それにコスタが口にした”オマツリ”というのが何を指しているのか…。フィアが手紙に書きそうな内容で”オマツリ”に該当しそうなことってあったっけ?ようやく平和が訪れたエルフの国にまた暗雲が立ち込めてきそうな不安が漂っています。
それにしても、このコスタって何となく手塚治作品の悪いおじさんキャラを思い起こさせるんですが、私だけ?何となく、不安を煽る顔をしたキャラクターですよね。
そもそも、あの場から何もなく離れられたということはラドゥにすらその気配を察知させなかったということ…ですよね。本当に何者なんだろう。ラドゥがわざと見逃した線もありますが…。
フィアの過去と決断
さて、一方でユイトと六星、エクセルとの間の問題も少し進みました。
と言っても、まだユイトとエクセルの直接的な接触はありませんが、エクレスにあとのことを任された六星の一人であるフィアとの間で、ついに核心に迫る対話が行われたわけです。ユイトの治療活動に協力的かつ強い興味を示しているフィアでしたが、彼女の本来の目的は”エルフの国が人間にとって友好国となりうる可能性があるか”を確かめる
つまり、ユイトはついに”治療魔法”の人間族にとっての意義と、迫害の歴史を知ることになったというわけです。フィアはユイトの行いが”人間にとっての命綱を切ろうとする”ことであること、そして”それを知って心が傷まないのか”と問いかけます。

作品開始時点からの大きなテーマの一つですが、これについての明らかな回答はまだ出ません。まあ、この段階で出てしまってもね。ただ、この質問がユイトに突きつけられたという事実は非常に大きなことです。
これから、ユイトは常にこのフィアの問いかけを己に問い続けながら、治療を行って行かなくてはなりません。医者としての自分と人間としての自分との立場に板挟みになることも、増えて行くでしょう。今後、ゆいとはただただ善意で目の前の患者を治療して行くことはできなくなりました。作品としてこの深いテーマをどう扱って行くのか、そしてユイトをどう成長させて行くのか、とても興味深いですね。
とりあえず、現時点ではユイトの答えは、”目の前の命を助けたい”ということと、”痛みや苦しみを知っている人が誰かを傷つけたいと思わないと信じている”という、正直なところ綺麗事も甚だしい内容です。
しかし、そのユイトの純粋で真っ直ぐな気持ちがフィアに、かつて師であるエクレスが救いの手を伸ばしにきた時の記憶を思い起こさせました。大司教エクレスの思惑はまだまだ完全に明らかにはなっていませんが、エクレスとユイトには通じるところが多いにありそうですね。

ユイトとの対話の間に明かされたフィアの過去も、なかなか衝撃的かつ感動的な話でした。六星は皆色々と抱えているんですね。
その過去があるからこそフィアには人種を超えても”信じ合える”と思いたいという気持ちもあるんでしょうね。
ただ、世の中には痛みや苦しみを知っているからこそ…という人間も多くいます。実際、現時点で人間族は”治療魔法”を独占し、他種族をひどく抑圧しています。他種族が抱く人間族への不満と反発は相当のものでしょうから、そう簡単には行かなさそうです。
しかし、少なくともフィアはエルフの国との共存の方向で決意を固めたようです。エクレスたちにも”セカイジュ ウケイレカノウ”とのメッセージを送っていますし、ユイトのダイエットについての公開講座のお返しとして、”聖水の作り方”についての公開講座までするくらいですからね。ただ、まだまだエクレスと六星たちの真意は明らかになっていない部分も多いので…。一応、サイアの目からも”聖水の作り方”についての講義は嘘ではないようですが、全てを話しているとは限りませんし。

個人的に気になるのはコスタに奪われた手紙の内容です。言葉鳥の伝言は”セカイジュ ウケイレカノウ”ですが、取り方によってはいくつかの意味にとれそうな言葉なので、ミスリーディングの可能性もあります。そして、この伝言を聞いた時のエクレスと六星の反応が気になります。何より、この伝言が言葉通りならコスタのいう”オマツリ”とどう繋がるのか、全くわかりません。
そもそも、ユイトはあくまで異世界人でエルフの国の国民ですらなかったわけですから、彼の意志一つを確認したくらいで、それをエルフの国全の評価とすることはできないでしょうし…。
それはそうと、フィアが”現代医学”は”治療魔法”のでは掴みきれない命に手が届くと明言しましたね。となると、現代医学は”治療魔法”の上位に位置付けられてしまうということになってしまいます。そうなってくると、ユイトが亜人たちに現代医学を教えるということは、思っていたよりも危険なことになりそうですね。
アレクの覚悟とクロエの魔術
さて、覚悟というと、誰よりも覚悟を決まった人物がいます。
ユイトの教え子達ほど表立っては出てくることはないものの、常に陰ながらユイトを全霊でサポートしている存在ですね。
正直なところ、アレクほど覚悟が決まっている人物もいませんよね。さすがというか、覚悟の決まり方が堅気ではありません。

危険な実験、治験を全て自分の身でやってしまおうとしているユイトのために自らの身を呈して、クロエの”局所麻酔”の被験者の役を担います。しかも、これはユイトには内緒でやっていること。なんだかアレクが一番健気ですよね。
ただ…なんで局所麻酔の練習で、いきなり小刀を腕に突き立てるところから始まるのだろうか。それと、アレクは竜族で、真の姿は人間と色々な意味でスケールの異なる存在です。魔法や異物への抗体も強そうですが、彼に対する局所麻酔の効き具合は他に適応できるのでしょうか。そもそも、アレク自身には医療知識がないわけですから、自分の身で試したとて、比較するデータについての知識がないのでは…。
ああ、ここは彼の心意気を買うところでしょうか。
さておき、上述の局所麻酔もそうですが、クロエの魔法がいよいよ実用段階に移されつつあります。そもそもアレクが局所麻酔の被験に手を挙げたのも、もう一つの魔法”振動魔法”による超音波診断をユイトが自分の体を使って実験させたからなんですよね。
岩が粉砕するような魔法ですので、もちろんユイト自身にも危険がありますが、その魔法を行使するクロエにのしかかる重圧は測り知れません。それでも、覚悟を決めたクロエ。

最終的に、壊滅的な画力を披露するというコミカルな展開になりましたが、覚悟を決めたクロエはカッコよかったですね。しかし、クロエは”超音波診断”に”局所麻酔”、あとは絵の練習もあってこれからもかなり負担が大きくなりそうですね。
それにしても、今のところは、クロエを含め、最先端医療機器の不在を偶然的に近い効果を持つ魔法や技術を持つ人物が補っていますが。こうなってくると、特別な能力を持つ人物しか、特定の技能を修められないということになってしまい、誰にでも学べることではなくなってしまいますね。
あ、でも種族ごとにできることが決まっているのであれば、医療のために全部の種族が協力することが必須になってきます。まさに今のユイトのチームのような状況ですね。そうなれば、種族ごとの対立はできなくなるので、結果的に平和になる(ならざるを得ない)のかな。